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自然豊かなウンブリアの緑濃い風景を眺めながら山道をすすむと、心地よい風を伴った木漏れ日が、急に強い日差しに変わり、丘の上に建設された小さな町トーディがその姿を現します。ウンブリアの他の町と同様に、トーディもまた丘陵地の上に建設された町なのです。
様々な手段を考えることが出来るので、アクセス条件に恵まれているとまでは言えませんが、それ程悪くないのも事実です。ペルージアやテルニ辺りをベースにすれば、公共交通機関を利用しても、十分に日帰りは可能です。ただし、フィレンツェやローマ辺りからの日帰りはちょっと大変かも知れません。特に電車の利用となる場合は、時刻表を前もって調べて計画を立てることが必要になるでしょう。 車を利用する場合は、大変でも城壁の外に駐車した方が無難でしょう。駐車スペースが広いので停めやすいです。確かに中心部にも駐車場はありますが、駐車スペースが限られているために、停められないこともありますので。それに町自体小さいので、せっかく来たのですから、町中くらいは歩いて廻りたいものです。
町を見るのは徒歩が中心となり、町自体が丘の頂上に建設されていることを考えると、歩き回りたいと思ったら歩きやすい服装をすることをおすすめします。町の中心部分だけを歩いている分には、それ程き大変でもありませんが、城壁から町の中心部に向かって歩く時は、坂をひたすら上らなければならないので大変ですから。 町の中心、ポポロ広場 町の中で、最も高いところに位置しているのがポポロ広場(Piazza del Popolo) ![]() 信仰の中心、ドゥオモ 広場の北側に面しているのが、この町の信仰の中心ドゥオモ ![]() ファザードは、尖塔形ではなく長方形をしていて、そこに三つのバラ窓があり、真ん中上部のものが、質素に飾られたファザードのアクセントとなっているように感じます。まぁ、色彩的に質素に見えるとはいえ、扉口に施された浮彫はとても見事です。 政治の中心、ポポロ館・カピターノ館 続いて広場の、東に面しているのが、現在のこの町の政治の中心ポポロ館(Palazzo del Popolo)・カピターノ館(Palazzo del Capitano) ![]() 二つの建物は外階段でつながれていて、共に一階部分は柱廊となっているので、薄暗いながらも人が自由に歩ける構造となっており、建物自体のユニークさを感じます。現在は、両者とも市庁舎として使われています。ただ、一部分が絵画館として利用されていたりします。 商いの中心、プリオリ館 広場の南に面しているのが、プリオリ館(Palazzo dei Priori) ![]() プリオリ館周辺は、現在でも多くの店が軒を連ね、町で一番賑やかなところであるとも言えるでしょう。 未完の教会、サン・フォルトゥナート教会 ポポロ広場から、プリオリ館の脇を通って、しばらく道なりに進むとサン・フォルトゥナート教会(Chiesa di San Fortunato) ![]() 正面から見て先ず目に付くのは、ファザードがちょうど真ん中の部分から上下に分かれているように見えることです。これは、上部が未完成のまま残されてしまったために、荒々しい石が露出する上部と、なめらかに完成された下部とに分かれてしまったからです。ファザードが未完成の教会も珍しいですが、一部だけが未完成の教会というのももっと珍しいのではないでしょうか。正面広場との空間の使い方といい、未完のファザードといい珍しいことずくめの教会です。 ファザードから見て左後方には、鐘楼 ![]() ![]() ウンブリアの街並みを堪能する トーディの町も、他のウンブリアの町と同じように、起伏が激しく細く曲がりくねった道が多く、更に建物も道も全て石造りで、町全体が落ち着いた質感となっています。またウンブリアの町のアクセントとして、様々な町で見ることが出来る建物と建物の間の小さなアーチ ![]() ![]() また、町が丘の上にあるために、建物と建物の間からウンブリアの豊かな自然 ![]() 町を囲む城壁 町の周りは、13世紀に築かれた中世の城壁が囲っています。特に、ヌオーヴァ門(Porta Nuova)からアメリーナ門、サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会(Chiesa di Santa Maria della Consolazione)にかけては、保存の良い状態で残っている城壁の一部を見ることが出来ます(2001年の時点で、修復をしていたので、更に良い状態で見ることが出来るようになるでしょう)。 この城壁の外側、町の南西方向にポツンと建っているのは、サンタ・マリア・デッラ・コンソラツィオーネ教会 ![]() この教会は、建築家ブラマンテによって設計されたものとされており、1508年に着工され1617年に完成と小さいながら100年以上の歳月を費やして建設されています。その間、バルダッサーレ・ペルッツィやヴィニョーラ、ミケーレ・サンミケーリらの建築家が参加しているとのことです。 |
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